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日本橋・銀座の面白い話

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今回は日本橋や銀座の面白い話をしていきたいと思います。そもそも日本橋ってどのようなところなのでしょうか?場所的には銀座と東京駅の間くらいにあります。現在は石畳の橋が架かっていますが、江戸時代は木造の橋が架かっていました。シルエットは今も昔も変わりません。

大正時代後は合羽橋道具街や日暮里繊維街との行き来などに使われてきました。

オリンピックに起きた大事件!?

オリンピックが日本に決まり、祝福ムードの中色々問題が起きました。オリンピックは日本の戦後復興をアピールする目的もあったのですが、その際に短期間で首都高速道路を作らなければいけませんでした。その際にどうしても設計上、複数の道路が日本橋の上で交差するではありませんか!?当時の技術力ではできなかったそうです。できないのに作ろうとするのって驚きですよね(笑)

具体的に言うと、道路が複数通る=柱が沢山必要になります。しかし、日本橋の上です。下の日本橋を潰して柱だらけにしてしまうわけにはできません。仮に通れたとしても日本橋周辺は渋滞が多発してしまいます。重要な道路の上に高速道路を複数通すという無謀なチャレンジをしなくてはいけなくなってしまいました。日本橋周辺には神田橋JCTがあるなど入り組んでいます。

そこで必死に考えていたある日、首都高速道路の設計者が新築の家を建てているのを見て思いついたそうです。『横に張りを通す』ことで柱の本数が減り、川もせき止められず、道路も混まなくて済んだそうです。ちなみにオリンピック後に着工し2040年くらいには日本橋の上の高速道路が無くなり下を通すそうです。驚きですよね!?

銀座は別格!?

銀座は色々と逸話の多い場所ですが、やはり江戸城や皇居が関係してきます。遡ること江戸時代。徳川家康がすべての起点に考えたのが日本橋でした。5街道の交わるところが日本橋だったのですね。そこから江戸の城下町として浅草や銀座、日本橋などが発展していきました。

今では高級ブランドが立ち並ぶ日本で一番地価の高い場所となっています。戦後、自動車がまだ一般の人たちに行き渡っていないころ、運転手付きのハイヤーが停車しやすいように銀座の中央通りには歩行者道路と自動車道路の境界線はあるものの、ガードレールがありません。人々の暮らしが道路法までも作ってしまったといえます。


いかがだったでしたでしょうか?まだまだ面白い話はあるのでそれはまた今度お伝えします!

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